はじめに
こんにちは.今回は人工衛星開発に欠かせない放射線試験についてレポートをします.試験は福井県敦賀市にある公益財団法人 若狭湾エネルギー研究センター様にお世話になりました.若狭湾エネルギー研究センター様(以下,施設)は原子力およびエネルギーに関する調査や研究開発の他にも様々な活動,支援を行っています.ぜひホームページ (https://www.werc.or.jp/) にて詳細をご覧ください.
なお,専門的な内容は末尾にまとめてありますので,興味のある方はそちらもご覧ください.
放射線試験の目的
宇宙では直に放射線が降り注ぐため,いわゆるメモリのビット化けなど人工衛星に様々な影響があります.復帰可能な不具合もありますが,頻繁に影響があるようでは運用に支障をきたします.そのためできるだけ影響を受けにくい部品を選ぶ必要があります.放射線試験は選定候補の部品に実際に放射線を当てて,使用に耐える部品であるかを検討するためのデータを取ることが目的となります.
前日まで
遠く福井県まで行って忘れ物など準備不足で試験できないということがあると泣くに泣けません.事前に準備するものは大きく分けても + 試験設備の予約などの調整 + 試験内容の決定 + 試験用プログラムの開発 + 予行演習 + 発送する荷物の準備 + 手荷物の準備
などなど.特に荷物の準備は新たに購入が必要なもの(例えば長いケーブルがないなど)も出てくるので,時間をかけて行いました.
東京から施設最寄りのホテルまで東京から新幹線を利用して3時間程度かかるため,試験前日に敦賀に入ります.敦賀といえば,2023年度末に北陸新幹線が開通するということで有名です.開通したら北陸方面からのアクセスが便利になりそうです.
到着して駅を出たらゲリラ豪雨に見舞われました.メンバーの地元の知人いわく北陸では急な天候の変化があるとのこと.折り畳み傘を持っていましたが,あまりの雨の強さに少し雨宿りしてからホテルに向い,一息ついたら朝寝坊しないよう早めに就寝しました.
当日
遅刻しないように起床して,準備を整え,メンバーと待ち合わせてレンタカーに乗って出発です.施設近辺には食事をするところがないので,コンビニで買い込みます.最初に入ったコンビニはなぜかおにぎり,サンドイッチ,お弁当がガラガラだったので,別のコンビニにも寄りました.
しばらく車を走らせ,施設に到着です.施設は山の中腹にあり景色も良くて気持ちが良いです.
施設に入館してから事前に発送しておいた荷物を開封して最終チェックを行い,照射室とモニター室に持っていくものとを分けて準備をします.
照射室は供試体(試験する部品)に放射線を当てる部屋になります.安全のため地下深くにあり,大きな装置もあってまさに実験室という感じがします.モニター室は地上にあり,照射室の装置を動かしたり,数値を見たりする部屋になります.こちらは研究室という趣きです.下の写真のように私達もモニター室で試験を進めます.
照射室には放射線従事者の教育講習を受講済みの人と一緒に入る必要があり,線量計をつけ,いくつものセキュリティドアなどの厳重な管理を経てたどり着きます.慣れた職員さんでも5分はかかるとのこと.そのため,照射室への不必要な入室をしなくても済むよう,出来るだけ遠隔操作で試験可能にして時間を有効に使えるようにしました.
下の写真の白いブロックの背後に供試体があります.このブロックは放射線の強さを微調整するためのもので,ブロックのない状態で照射位置を決めています.
照射室で供試体,電源,パソコン,計測機器やネットワークをつなげて試験系を構成します.過去にも放射線試験の経験があるエンジニアが試験系を考えたこともあり,回を重ねて洗練されてきています.結果的に,ほとんど地下には行かずにモニター室からの遠隔操作で済ませることができました.
弊社ではソフトウェア開発にプログラミング言語 Rust を積極的に採用しており,この試験のためのソフトウェアも Rust で開発されました.
準備ができたらいよいよ試験開始です.装置の調節をしてくれていた施設のスタッフの方とも連携して試験を進めていきます.データを取りながら放射線のエネルギー量や密度を変更しながら試験を重ねます.しかし,先に書いたように試験系が良くできていたおかげで,大きなトラブルなく試験が進み,有益なデータを取ることができました.
試験後
試験が終わったら帰り支度です.再び照射室に行き,試験系を片付けます.持ち込んだ物品のうち,直接放射線を受けたものはしばらく施設で預かっていただいた後に返送してもらいます.その他の物品も線量を計り,持ち帰って問題のないことを確認してから梱包します.
筆者は始めて放射線試験に参加しました.試験前に過去の写真や報告書を見たものの,あらゆるものがどこか漠然としたイメージでしかありませんでした.照射室への入り方や試験の進め方を実際に体験することで,放射線試験というものが,連続し立体感を持ったものとして立ち上がってきました.やはり実体験に勝るものはないと改めて感じた一日でした.
最後に施設のスタッフの方に荷物の発送のお願いとご挨拶をして,今回の経験を次回につなげようと思いながら帰路に着きました.
おわりに
若狭湾エネルギー研究センターのスタッフの皆様にも多大なご協力をいただき,非常に有意義な試験となりました.改めて御礼申し上げます.また,読者の皆さんがこのブログを通じて,人工衛星開発の雰囲気の一端を感じてもらえたなら嬉しいです.
人工衛星開発はこのように貴重な経験を積むことができます.そんな弊社に興味を持っていただけたら,ぜひ下記の採用ページもご覧ください.
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専門的な話題
以下は専門的な話題に興味のある方はご覧ください.
放射線による人工衛星への影響
現象
メモリのビットが反転してデータが化けてしまう現象(Single Event Upset; SEU)は有名だと思いますが,その他には半導体回路が導通状態になり大電流が流れ続けた結果として損傷したり(Single Event Latchup; SEL),放射線によるダメージが蓄積して部品,素子,材料の劣化が進む(Total Ionizing Dose Effect; TID や Displacement Damage Dose Effect; DDD)などの現象があります.
出所:https://www.ddc-web.com/en/applications/space/satellites-space-systems
前者二つのような一時的なものをソフトエラー,後者のような恒久的なものをハードエラーと呼びます.今回はソフトエラーに関しての試験を行いました.
計測方法
まず SEU の計測方法について説明します.ある種のメモリには ECC(Error Checking and Correcting) という誤り検出訂正の機能が備わっています.この機能によって 1 bit あるいは 2 bitの誤りを検出することができます.試験毎に誤り発生頻度を計測し,衛星軌道上での影響が許容範囲に納まっているかを計算によって求めます.
次に SEL の計測方法ですが,電流値を取得し大電流を検知したり,コンピューターから常に送信している信号が途切れたことで(大電流が流れたことによる)再起動が起こったことを検知します.
影響からの復帰
SEU については先の ECC を使って訂正するのですが,訂正できるのはあるデータ長あたり 1 bitまでのため,2 bit以上の誤りが発生しないうちに訂正する必要があります.その訂正頻度をどの程度にすれば良いかを決定することも試験の目的の一つです.もちろん,訂正タイミングの前に 2 bit以上の誤りが発生する可能性もあり,その場合はコンピューターの再起動によって復帰します.
SEL によって大電流が流れる状態になってしまった場合には,それを検知して電源を遮断した後に再度電源をいれることで正常な状態に戻します.