こんにちは. 株式会社アークエッジ・スペースのソフトウェア・基盤システム部(以下,ソフトウェア部)を統括している鈴本 (@_meltingrabbit) です. 我々ソフトウェア部は,人工衛星そのものに搭載されるソフトウェアはもちろんのこと,衛星の開発・製造,そして運用を支援する地上ソフトウェア,データ解析ソフトウェア,さらには衛星搭載用計算機(ハードウェア)や社内システムまで,ソフトウェアっぽいものをまるっと担っている部です.
我々は,モダンなソフトウェア技術を駆使して,衛星そのものをどんどんソフトウェア化し,業界をリードしていこうとしています(『宇宙業界にソフトウェアの力で挑むチームができてから1年が経ちました』や『大公開:ArkEdge Space のソフトウェアチームのポリシーと実現したい夢』などを参照). そして,開発体験などにおける不自由さを解消し,生産性と企業価値が高い状態に移行するために,ソフトウェアのアプリケーションレイヤから,ソフトウェアが動作するベアメタルまで,さらには周辺の開発ツールまで,すべて Open なエコシステムを構築しようとしています.
先月富山で行われた,第67回宇宙科学技術連合講演会という国内最大規模の宇宙工学系学会において,『ソフトウェア技術による衛星開発・製造・運用におけるインターフェース調整コストの低減』という題目で口頭発表を行いました. これは,アークエッジ・スペースが主催する「国産CubeSatのコンステレーション構築に向けた研究開発」というセッションの1発表です. 発表内容を一文で紹介すると,「多種類・複数機の人工衛星の開発・製造・運用では煩雑なインターフェース調整がコストの増加に繋がっているため,ソフトウェア技術やオープンソースソフトウェア (Open Source Software; OSS) 化・標準化を駆使して,衛星のインターフェース調整コストを低減しようとしている」というものです.
今回は,この発表資料を掲載し,その内容の一部についてご紹介します.
発表資料
発表資料を以下に掲載します.
発表内容のご紹介
発表内容の一部を簡単にご紹介します.
アークエッジ・スペースでの多種類・複数機 衛星生産の課題
アークエッジ・スペースでは,多種類・複数機生産の実現を目指しており,様々な種類の衛星を複数機量産することを目指しています.
たとえば,次のような衛星開発が行われています.
- 自社の衛星コンステレーションによるサービス提供
- 通信 (IoT,VDES) 衛星,リモセン衛星(多波⻑など)など
- より大型の衛星での事業化に向けた軌道上 PoC への利⽤
- 打上機会の豊富さ,比較的規模の⼩さいコスト・スケジュールで開発が可能といった CubeSat 衛星の強みを生かし,早期の軌道上実証が可能
- ホステッドペイロードサービスによる,様々なペイロードを搭載した衛星開発
- ユーザーの衛星搭載機器の機能実証,またそれを利⽤した事業実証の機会を適正な価格・納期で実現
- 深宇宙探査機などの特殊な衛星開発
- 彗星探査衛星 (Comet Interceptor) や月インフラのための衛星など
今後も,開発する衛星の種類・機数,ともに急増していくことが予想されます.
ソフトウェア的観点では,
- ミッション部と衛星バス部との煩雑なインターフェース調整
- 通信プロトコル調整
- テレメトリ・コマンド(テレコマ)仕様調整
- ミッション部と整合するバス側のソフトウェア開発(ドライバ,アプリケーションなど)
- かみ合わせ試験時の不具合対応
- etc...
- 衛星製造パートナー企業との様々なインターフェース調整
- 運⽤時を想定したインターフェース調整
のような様々なインターフェース調整が大きなコストになっています. そこで,アークエッジ・スペースは衛星のインターフェース調整を迅速化するソフトウェア技術や,自社開発ソフトウェアの OSS 化・標準化によって,これらのコストの低減を目指しています.
OSS 化・標準化戦略について
3 つのスライドを引用し,アークエッジ・スペースの OSS 化・標準化についてご紹介します.
衛星搭載ソフトウェア (FSW) と,それがインストールされるコンピュータボード (OBC) を,アプリケーションからベアメタルまで Open にしたいと考えています. さらに,あわせて検証環境や開発ツール,シミュレータの OSS 化も進めています. こうすることで,後述するような様々な効果があると考えています.
衛星を運用するためなどに用いられる地上ソフトウェア基盤 (Gaia) をすでに OSS 化しています. Gaia は,衛星搭載ソフトウェアの開発にも,衛星の運用にも,そして衛星製造にも利用されています.
衛星運用基盤には,様々なプロトコルやインターフェース仕様が存在し,さらにたちが悪いことに似て非なるものも混在しています. 我々は Gaia を公開することで,この仕様を明瞭にします. また,我々以外の方々がそれを利用しエコシステムが広がることや,周辺ツールを開発することを歓迎しています.
搭載ソフトウェアや地上ソフトウェアが公開され,その仕様が明瞭になることで,プロトコルの標準化を達成できると考えます. プロトコルが標準化されると,地上,軌道上かぎらず,様々な機器が自然とネットワークを形成することが可能になります.
インターフェース調整コスト低減の例
冒頭に掲載した発表資料の p.13~p.18 に,このような取り組みによって達成された様々なコスト低減の例を掲載しています.
我々の衛星バスのソフトウェアを OSS とすることで,バス側のプロトコルスタックが明瞭になり,対向する機器であるミッション機器や,通信相手の機器の開発者が,そのソフトウェアを開発しやすくなります. また,開発ツールなどもあわせて OSS とすることで,自然と我々の衛星と互換性の高いミッション機器が開発されやすくなるのです.
学会発表の様子
最後に学会発表の様子を少しだけ紹介します.
以下の写真の様に,会場に収まりきらないほどの方々が聴講してくださいました. ありがとうございます.
また,冒頭に掲載した発表資料の p.8~9 で紹介した,「アークエッジ・スペースのソフトウェア開発体験」を紹介するデモを行いました. 衛星搭載ソフトウェア,つまり組み込みソフトウェア開発では,一般的にはプロプライエタリな開発環境を用いることが多いと思いますが,先述のとおり,我々は開発ツールを Open な形で自社開発しています. こうすることで,プロプライエタリなソフトウェアが一切なく,実機であってもシミュレータであっても,搭載ソフトウェアのビルド・書き込み・実行・テストが 1 コマンドでできるようになっています.
当日は,たまたま私がその時持っていた STM マイコンの評価ボードを用いて,次のようなデモを行いました.
- 開発環境の立ち上げ(今回は WSL を用いた.Linux もサポート.).
- 1 コマンドで搭載ソフトウェアをシミュレータ用にビルドし,シミュレータ上で実行.模擬地上局を用いて通信疎通を確認.
- 1 コマンドで搭載ソフトウェアを実機用にビルド,STM マイコンに書き込み,実行.模擬地上局を用いて通信疎通を確認.
実は,デモをすることは発表前夜に思いついたので,深夜にホテルで準備しました. 直前準備でしたが,なんとかいいデモができてよかったです.
おわりに
このように,アークエッジ・スペースは,開発するソフトウェアの多くを Open にしています. そして,宇宙産業全体が発展していくことを願っています.
宇宙産業のさらなる発展には,皆さんのお力が必要です. もし,この発表のようなトピックに興味を持った方は,ぜひ X(旧 twitter) などで気軽にメッセージをください.まずは雑談しましょう.
また,弊社で働くことに興味を持っていただけた方は,採用ページをご覧いただければ幸いです.